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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12026号 判決 1965年4月23日

原告 菊川通昭

原告 菊川トシイ

右両名訴訟代理人弁護士 佐藤安俊

被告 木下応直

主文

被告より原告両名に対する東京法務局所属公証人仁科恒彦作成の昭和三八年第三三四号金銭消費貸借契約公正証書にもとづく強制執行は許さない。

被告は原告菊川通昭に対し金二五、〇〇〇円、原告菊川トシイに対し金一七、五〇〇円および右各金員に対する昭和四〇年一月一九日から各支払済まで年五分の金員を支払え。

原告菊川トシイのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告両名訴訟代理人は「被告より原告両名に対する東京法務局所属公証人仁科恒彦作成の昭和三八年第三三四号消費貸借契約公正証書にもとづく強制執行は許さない。被告は原告両名に対し各金二五、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四〇年一月一九日から各支払済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として

「一、原告両名と被告との間には被告を債権者、原告両名を連帯債務者とする主文第一項記載の公正証書があり、この公正証書には、

(1)  被告は原告両名に金三〇〇、〇〇〇円を、支払方法は昭和三八年二月二八日まで毎月三〇、〇〇〇円宛割賦弁済する、利息は年一割五分、遅延損害金は日歩九銭八厘とするとの約で貸し渡した。

(2)  原告両名は前記債務を履行しなかった時は直ちに強制執行を受けることを認諾した。

との記載がある。

二、原告両名は昭和三九年三月一三日までに前記債務全額を弁済した。被告は右債務が完済されているのを知悉しながら、前記公正証書に執行文の交付を受け、昭和三九年一二月七日原告菊川通昭所有の動産を差押えて強制執行に及んだ。

原告両名は権利擁護のため本訴を提起し、右強制執行停止決定の申請をなすことを余儀なくされた。原告両名はこの訴の提起と執行停止決定の申請を弁護士佐藤安俊に委任し、報酬金五〇、〇〇〇円(内訳、本訴提起手数料金三五、〇〇〇円、執行停止決定申請手数料金一五、〇〇〇円)を支払った。すなわち被告の不法執行によって原告両名は各自、金二五、〇〇〇円(右支払報酬の半額)の損害を受けた。

三、よって原告両名は右公正証書にもとづく執行力の排除を求めるとともに前記損害金各金二五、〇〇〇円および右各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和四〇年一月一九日から各支払済までの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴に及んだ」

とのべ、被告が前記強制執行を昭和三九年一二月二五日に解放したことは認めると付陳し、

証拠≪省略≫

被告は「原告両名の請求を棄却する。訴訟費用は原告両名の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「請求原因第一項の事実は認める。同第二項のうち、原告ら主張のように本件債務が完済されたこと、本件公正証書にもとづく強制執行として原告菊川通昭所有の動産を差押えたことは認めるが、原告両名が弁護士佐藤安俊に報酬金五〇、〇〇〇円を支払ったことは知らない、被告は本件強制執行をすでに昭和三九年一二月二五日に解放しており、被告の本件強制執行によって原告らが損害を受けたとの点は争う。とのべ、

証拠≪省略≫

理由

原告ら主張の請求原因第一項の事実、本件公正証書記載の債務が全額支払済であることおよび本件公正証書にもとづいて原告ら主張のとおり強制執行がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を綜合すると、被告は本件公正証書による債権が全部支払済であることを知っていたが、原告らに対し他の債権を有する為、その返済を促す目的で本件公正証書を利用して本件強制執行に及んだこと、原告両名は本件強制執行を排除する為弁護士佐藤安俊に委任して本訴の提起および強制執行停止決定の申請をなし、同弁護士に報酬金五〇、〇〇〇円(その内訳は訴提起の手数料として金三五、〇〇〇円、執行停止決定申請手数料として金一五、〇〇〇円)を共同して支払ったことが認められる。右認定事実によれば、被告の原告菊川通昭所有の動産に対する本件強制執行は被告が債権が弁済されその根拠ないことを知りながら他の目的のために故意になした不法のもので、原告らはこの侵害を防ぐため弁護士佐藤安俊に委任して本件を提起し執行停止決定を得、前記五〇、〇〇〇円の報酬を支払ったことが明らかである。

そこで原告らの右五〇、〇〇〇円の報酬の支払が被告の不法執行による損害と認められるかどうかについて判断する。債権者の不法執行を免れ債務者の権利をまもるため債務者が弁護士に委任して請求異議の訴を提起し、執行停止の申請をして相当の報酬を支払ったときは特段の事情のない以上、この額は不法執行による損害と認められる。≪証拠省略≫によれば、弁護士報酬規定は訴訟の目的価額一〇〇万円以下の民事事件の受任手数料はその一割二分ないし三割であること、執行停止事件の受任手数料は上記手数料の二分の一であることを定めていることが明らかである。本件請求異議の訴の価格は金三〇〇、〇〇〇円であることは本件公正証書の記載から認められるから、原告らの支払った報酬は右弁護士報酬規定の最低限を少こし下まわる程度で報酬額として相当のものである。原告らは弁護士であるとかその他特段の事情の立証はないから原告菊川通昭についてはその負担部分の二分の一である金二五、〇〇〇円は被告の不法執行による損害であると認めるを相当とする。また原告菊川トシイについては、前記報酬のうち執行停止手数料金一五、〇〇〇円の負担部分については、同原告に対し被告は強制執行をしていないから、この部分は被告の不法執行による損害と認めることはできないが、連帯債務者の一人である原告の菊川通昭に対し前記認定のとおり不法執行がなされた以上、権利保護のため本件請求異議の訴を提起することはやむを得ないものと認められるから、右報酬のうち訴提起手数料金三五、〇〇〇円の負担部分一七、五〇〇円は被告の不法執行による原告菊川トシイの損害と認めるを相当とする。被告は昭和三九年一二月二五日強制執行を解放したことは当事者間に争がないが、このことは以上の認定を左右するものでない。従って被告は不法執行による損害賠償として被告菊川通昭に金二五、〇〇〇円、同菊川トシイに金一七、五〇〇円およびこれらの金員に対する訴状送達の翌日であること本件記録に照らし明らかな昭和四〇年一月一九日から右各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務あること明白である。

以上により原告両名の本件公正証書の執行力の排除を求める請求および原告菊川通昭の損害金を求める請求はいずれも正当であるからこれを認容し、原告菊川トシイの損害金を求める請求は右認定の限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野宏)

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